共感覚は天才にしか現れない才能!?

共感覚として代表的なのは

・文字に色がついて見えたり、
・音が視覚的イメージとして目の前に出てくる

といったところです。

これはなんとも不思議な症状ですが、
実は共感覚を持っていない人でも、それに似た感覚は持っています。

日常を細かく振り返ってみることでそのことに気づくでしょう。

そして共感覚を見直すことで、学習や成長の役に立つ能力開発のヒントが得られるかもしれません。

共感覚とは?天才に発現する症状?

共感覚とは臭いに色がついて見えたり、音を聞いて色や形が見えたりする特殊な能力のことです。

視覚や聴覚に限らず、人によっては5感すべての組み合わせで、様々な共感覚が見られます。
また五感に限らず、感情単語などに関して起こることもあるようです。

たとえば、数字に色がついて見えたり、単語に色がついたりといった感じ。

生まれつき共感覚を持っている有名人は多く、

・モーツァルト
・スティービー・ワンダー
・レオナルド・ダヴィンチ
・宮沢賢治

彼らの文学や芸術作品を見ると共感覚の独特の感性が垣間見えます。

宮沢賢治は「やまなし」が有名ですね。
「クラムボンがかぷかぷわらったよ。」の一節を読んだことがある方も多いはず。彼の独特な擬音語は恐らく共感覚によるものでしょう。

共感覚者はものごとを一般の人と異なる視点で捉えているので
そこから新しい発見を得ているものと考えられます。

また、聴覚を視覚で感じられる光共感覚者は、
普通の人よりも音を詳細に感じ取り分析できるといいます。

これは、一般的に視覚野が聴覚野に比べて大きいため、
視覚野を合わせて使うことで情報をより細かく処理できるからだと考えられます。

さらに頭の良さに関して言えば、
共感覚は記憶力と密接に関わっているようです。

では、このような能力は特別なのかというとそうではなく、
赤ん坊のときは誰しもが共感覚を持っているといいます。

赤ん坊というのは脳が未発達で、
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のそれぞれの感覚がはっきりと分かれていないのです。
そのため共感覚的に世界を見ていて、
たとえば、自分が感じている感覚が音なのか触覚なのか分からないといいます。

ですがその共感覚も成長するにしたがって失われていくのです。
脳の成長によって感覚が5つにはっきりと分かれていくということになります。

つまり共感覚をもっていない大人でも、赤ん坊のころはもともと持っているものなのです。

反対に、共感覚が残ったということは、
何らかの理由で感覚の分裂が起こらなかったことになります。

ということは共感覚はそこまで不思議な能力ではないと思いませんか。
誰しもがもともと持っている共感覚。

現に、共感覚に似た現象は一般の人でもよく起こります。
あなたにもあるかもしれません。

共感覚があるのは天才だけではない

いくつかの例を考えてみると、共感覚が特別な人だけのものでないことがわかるはずです。

2万人に1人の才能と言われることもあれば、
東京大学院の研究によると、なんと100人中1人という推定になったとか。

100人中1人ならそれほど珍しくもない割合ですよね。

一般人にもある共感覚的な感覚

ブーバ/キキ効果という心理学の現象があります。

これはどういうものかというと、
言語音と図形の視覚的印象との連想についての関係です。

ドイツの心理学者ヴォルフガング・ケーラーが1929年に初めて報告し、
命名はV.S.ラマチャンドランが行いました。

こちらの画像を見てください。

それぞれ丸っこい曲線の図形と、ギザギザの直線からなる図形がありますね。

これに、名前を付けてみて欲しいのです。

ブーバとキキという名前をつけるとしたら、
どちらがフーバでどちらがキキですか?





この質問を使って実験を行ったところ、98%の人は

「曲線の方がブーバで、ギザギザの方がキキだ。」

と答えたのです。しかもこれは国籍に限らず同じ結果でした。

画像情報に対して音が結びついている。

これは共感覚的ですよね。

ブーバ・キキという音情報と、図形という視覚情報が結びついているのです。
しかも98%の人がです。

このように、ほとんどの人は共感覚的なものを持っています。
例えば赤色に暑さ、青色に冷たさを感じるのもそうです。

他にも、色が与える心理的影響と言うのはよく言われますよね。
これは、広義的には色が視覚的な影響を超えて脳に別の感覚を引き起こしていると言えます。

もう少し考えてみましょう。
たとえば感情というものは誰でも、音、感触、匂い、味に結びつけることができます。

好きか嫌いかという感情です。

この基準で考えていくとしたら、
音、感触、匂い、味、これらの全てがプラスとマイナスに分けることができます。

つまり最低でも、それぞれの感覚を2つに分け結びつけることは誰にでも可能だということです。

プラスとマイナスであれば色に置き換えやすいのではないでしょうか。

たとえば、 次のようにすると置き換えやすいと思います。

プラス⇒赤
マイナス⇒青

ということは音、感触、臭い、味を赤っぽいものと青っぽいものに分けられます。広義の意味で共感覚とはこれに近いものです。


これを複雑にしたり、細分化していったものがまさに共感覚なのではないかと思っています。

共感覚は天才でなくても後天的に習得できる!?

共感覚は、たとえば 数字を見たときに自然と色がついて見えるような人でなければ、本当の共感覚者とは言えないという見方もあります。

「2という数字に色を付けるとしたら…なんとなく青色。」

という人は含まれないということですね。

しかし、このなんとなく色に置き換えられるという感覚の延長線上が
共感覚なのではないかと私は考えています。

置き換えられるということは連想が自然と起こります。
数字を見たときに自然と色が連想され、その臨場感が高い状態が共感覚だと思うのです。

臨場感が高いと、見えるのとなんら変わらない状態になってきます。

どういうことかというと、

たとえば小説を読んでその情景が目の前に広がる経験は、
まだ、「見えた」とは言えないかもしれませんが、
夢を見ているときはもはや見えているのと体感的にも同じことですよね。

ということは、何かの感覚から他の感覚を連想する。
そしてその臨場感を上げていけば、自然と共感覚として感じられるようになるのではないかと思っています。
つまり、共感覚を後天的に開発できるということです。

では共感覚を持っていると何がいいのかというと、
とんでもない記憶力が得られたり、IQが上がったり様々な副次的なメリットがあるんですね。

これについてはまた後々書いていけたらと思います。

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